e文庫


※ABDUCTIONシリーズ「STRAY SHEEP -迷い子-」の先行試読者の皆さんからいただいた感想文のうち、一部をピックアップしてご紹介します。

◇この『ストレイ・シープ』、『時空暴走気まぐれバス』の続編だったのですね・・・ナオヤくんとテルちゃんの『その後』が気になって仕方なかった読者の一人として、二人との再会をとても嬉しく思いました。(U.Y)

◇気まぐれバスの続編の形態をとっているがこれは明らかに別の話といえるのではないか?「ボヘミアン」の別バージョンの感じさえさせるのである。女神の死がもたらした不幸を帳消しにするために救出に向かう展開は古典的な神話世界の構造であるのだから、家族的なものの価値を再確認し女神の不在が世界を破壊させるとことを暗示させるストーリーは平井和正の通奏低音として流れているものであることを感じる。(Y.S)

◇常識的には物語のいち登場人物に過ぎない。それが作中で死んでもなんら問題はないはずなのに、ショックを受けたのだ。(K)

◇地球樹の女神が幻魔大戦の再話だったという印象を持つ者としては、ボヘミアンガラスストリートも時空暴走きまぐれバスも同じく幻魔大戦だったんだなあ、と今さらながら思います。恋人であり半身であり親子であり兄妹(姉弟)でもある、かけがえのない存在同士が、互いを見失い、取り戻す過程。その紆余曲折のプロセスが物語であり、不完全な世界を正常なものに回復する営為でもあるという構造。(O.N)

◇今回、ストレイシープを読んで思ったのが、主人公の直哉君(途中で改名しているけど、本人がそう呼べといっている以上、直哉君でいいんですよね)がなんとなく、別世界で罰をうけているボヘミアンガラスストリートの大上円君の姿に重なることです。次々におこる奇妙な出来事が、現実世界と夢の世界、そして平行世界の重なりによって引き起こされていること、自らの意志で*********し解決を図る点など非常に楽しみました。(H.K)

◇一人の人間が複数の存在としてある、というのは、すでに、小説としては、成立していないというか、そんなんありかい、とも思うけど、そういう物語に慣れてくると、複雑な構成要素を読み解いていく、という緊張感が、他の小説にはない、わくわくした気持ちを抱かせます。(M.K)

◇こういう少年の造形を見るときに思い出されるのが、「幻魔大戦」の箱根セミナーにおいて郁江が東丈にずばりと聞いた、「東君にも性欲はあるの?」といった問いかけだ。「自覚」してからの東丈は己の欲望に振り回されない(あるいは欲望をほとんど感じることのない)人間だった。そんな東丈に、ついつい他愛もない(かもしれない)欲望に振り回されてしまう人の気持ちが理解できるのか?それとも、そんなやつは自覚が足りないと切り捨ててしまうのか?郁江の問いかけは、幻魔大戦を書いていくうえで、平井和正にとっても重要な問題になったのかもしれない。「世界を救う」という重要な使命、あるいは理念を突き詰めていくことと、地上的な人間らしさをどうバランスをとるか?実は、他人の体温を恋うたり、食べ物を美味しく思ったりすることは人間が生きるというそのものであるかもしれないのに。(K.Y)

◇平井先生の作品を読むことにより世界の真の姿を知りたい!と思っている読者は、私だけではないはずです。  そんな私には、『もう一つの幻魔大戦』と銘打たれたこの『ストレイ・シープ』が人々の未来に対する限りない可能性を説いているように感じられました。(Y.U)

◇特に、メガネっ娘のエルちゃんは最高でした。メガネをかけている理由等もうメロメロでした。エルちゃんを主人公にしたエピソードを期待するくらいはまりました。(S)



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